先日、インターネットで下記の記事を読みました。

間違いだらけのランニング “正しいフォーム”ない!?
週刊朝日 2016年12月23日号
dot. 2016年12月17日更新記事
https://dot.asahi.com/wa/2016121500097.html

皇居の周りを散歩していると、沢山のランナーが汗をかいています。
多くの人はとても気持ちよさそうにご自身のペースで走ったり歩いたりしています。
そんな素敵な走りを見ていると、こちらまですがすがしい気持ちになります。
しかしながら、中には足を引きずったり、ずっと身体が左右どちらかに傾いたままだったり、苦悶の表情を浮かべて走っている方を見かけます。

そんな方には問いかけたくなります。
あなたのランニングの目的とは何ですか?と。

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ロンドンの地方紙にてあるコラムニストが連載枠を持っていました。
そのコラムニストが半年後のロンドンマラソンにチャレンジ、その過程をコラムに書くという企画が始まりました。
最初は快調にランニングを楽しみ少しずつ距離を伸ばしていましたが、やがてその記事の内容は走ることから身体の痛み・不調となり、その後、病院での診察内容などへと移っていきました。
その連載を読んでいたアレクサンダーテクニーク教師である私の友人は、思い切ってそのコラムニストへメールを送りました。

「最近は病院の話が多いですね。アレクサンダーテクニークをご存知でしょうか?マラソン大会に向けて怪我のリスクを減らし楽しく走れるように、自らの身体の使い方を学ぶのはいかがでしょうか?」と。

しかしながらコラムニストからは
「私は連載のためにこのランニング企画に取り組んでいるので、身体の使い方などは必要ありません」

という答えが返ってきたそうです。
そう、そのコラムニストにとっては、ランニングは自分の連載コラムに記載できるネタ。
ランニングそのものに興味が少なく、いいタイムでも悪いタイムでも、完走でも途中棄権でも構わなくて、マラソン大会に参加したその事実を記事として書けばよかったのです。

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ランニングの目的は何なのか?
上記のコラムニストの例は極端かもしれませんが、自己ベストを出す、健康増進、美味しいビールを飲む、など人それぞれいろんな目的を持っていると思います。
でもここでもう一歩進んで考えてみたいことは、その目的は「どうやって」達成されるものなのかという点です。

ともすると目的ばかりが先に立って、自分の身体の事がおろそかになってしまいます。
しかしこれらの目的は「自分の身体」が無くなってしまったら決して達成しえないものなのです。

自己ベストを出したくても満身創痍では練習の成果が出せません。
むやみに走って怪我をしてしまったら、結局病院に通うことになるかもしれません。
足腰の痛みを抱えながらでは、ビールの味も半減してしまうかもしれません。

多くのランナーはすでにこの問題点に気づいていることと思います。
ですので正しいフォームを身につけようと熱心に勉強されていることでしょう。
いまは専門書も豊富ですし、少しググれば「正しいランニングフォーム」を解説しているページも沢山ヒットします。

ではなぜ冒頭にあるような「間違いだらけのランニング “正しいフォーム”ない!?」という記事は嘘なのでしょうか?煽り・冷やかし記事なのでしょうか?

記事の中にはこのように書かれています。
●『正しいフォーム』は人それぞれ。その人にとって最も効率的で、楽な走り方をすればいい。
●自らの体や地面の状態と対話し、自然と足が前に進むような走り方をすればいいのです

そうです。「正しいフォーム」に縛られ、「正しいフォーム」を再現しようとすることで身体に無理な緊張をうみだしていたら、それはもう私にとっては正しくないフォームなのです。
決して間違ったフォームでいいというわけではありません。

ランニングの推進力を上げるには「肘を後ろに引く」ことが有効です。
でも「肘を後ろに引く」ことが目的と考えると、肘のために歯を食いしばったり背中を反ったり身体をよじったりしていませんか?
推進力を上げるという本来の目的が、いつの間にか肘を引くことに変わってしまったことに気づくでしょう。

ぜひ一度、何が目的なのか?を見つめなおしてみてはいかがでしょうか?