先日ある生徒さんとレッスンしていた時の話です。

生徒さんは最近、左股関節付近に痛みを感じてそれに伴い、歩き方もバランスが崩れてきている、ととても客観的に自己を観察されていました。

この自己の観察を踏まえた上で生徒さんがとった選択は、
「左側をかばう事で悪い歩き方が習慣になる事を防ぐため、左側に痛みを感じつつ出来るだけ左側も使ってバランスよく歩く努力をする」でした。
さて、この選択は正しい選択でしょうか?
・負の習慣が作り出すもの

生徒さんは一時的に左股関節を痛めました。この痛みをかばうため、左脚を引きずったり身体を常に捻ったり、バランス取るために右肩を突き出しし続けていたとしたら?

痛みとは不思議なもので、段々と強くなってくる痛みはとても気になるものですが、よくなって行く過程で段々と痛みが引いてくる過程には気付きにくいものです。一時的な股関節の痛みに対して生まれた身体をかばう新しい習慣は、痛みが軽減し怪我から回復した頃には立派に自分自身の癖となって身体と心とバランス感覚に定着してしまうことでしょう。
ですので、今回生徒さんが選択した、痛くても両脚ちゃんと使う、という意識はとても「正しい」選択でした。

ではこの正しい選択が生徒さんにどんな結果をもたらしたのでしょうか?
・「正しい事」と「適切な選択」

私が彼にハンズオンを始めてすぐに気付いた事は、首・顎周辺の強い緊張でした。通常のレッスンのように首に手を置き、頭と首の連携、首が自由である事を伝えていき、もう一度歩いていただくと、左右のバランスもずいぶん改善し、何より歩く時の痛みが大幅に軽減したとのこと。

原因は一つだけはありません。
無理して両脚を使うことで痛くて歯をくいしばっていたのかもしれない、両脚を使うことに夢中で普段歩く時以上に両脚に体重をかけていたのかもしれない、あるいは痛いかな?痛いかな?やっぱり痛い!と常に痛みを確認することで、むしろ自分から痛みを求めてしまっていたのかもしれません。
一つだけはっきりと言えることは、どんなに「正しい事」であったとしても、「正しい事」への取り組み方を誤れば正しい事ですら間違ったことになりかねないということです。
・見極める力

「正しい事」だって一つではありません。長期的に見れば両脚バランス良く使う事は正しいかもしれませんが、短期的に見れば、今痛みがあるのならまずは病院に行く、脚を使う局面を減らすなどが正しい事かもしれません。

そう、正しい事を選択する為には、今自分がどういう状態にあるかを客観的に観察し何が必要なのかを考える「見極める力」が求められるのです。

では見極める力はどう学ぶのか?
見極める力とは自分を客観的に俯瞰で観察できて初めて得られるもの。
言葉では言えますが実現は難しい、だからこそ世界の一流と呼ばれるアーティストやアスリートは必ず信頼できるコーチやトレーナーに「自分の目」となってもらいアドバイスを得るのだと思います。

アレクサンダーテクニークでは、教師の手が生徒さんの身体の使い方をガイドすると同時に、生徒さんの目となり耳となり、生徒さん自身の状態を客観的に理解できるようお手伝いしていきます。